還すラボ

小さい人たちに彼らの時間を還す

【連載】「やらない」は「ダメ」じゃない #2

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【連載】「やらない」は「ダメ」じゃない #2

〜感動という名の配当金〜

運動会や発表会 小さい人たちのひたむきな姿に
思わず大人が涙を流す季節です

前回は「自由」を掲げながらも 結局は小さい人を誘導してしまう
私たち大人の矛盾について触れました

その背景にある心理を紐解くとき
サンクコスト(埋没費用) という経済学の言葉が浮かびます

少し難しい言葉ですが
子育てや保育の現場に置き換えると 誰もが「ハッ」とする感覚かもしれません

毎日の送り迎え お弁当作り 決して安くはない月謝や習い事への送迎
(これは お父さんお母さんのコスト)

そして 物的・空間的環境を整えて 保育する時間
(これは 私たち保育者のコスト)

立場は違えど 「私たち大人」 は
小さい人たちのために たくさんの「コスト(労力・時間・お金)」を注いでいます

それ自体は とても尊い愛情です

けれど 人は無意識のうちに
「これだけ手をかけたのだから」と
「それに見合うリターン(成果)」 を求めてしまう生き物でもあります

教育におけるリターン
それは往々にして

「小さい人が『できた』姿を見せてくれること」
そして
「私(大人)を感動させてくれること」

になりがちです

跳び箱が跳べた 合奏が揃った 逆立ちで歩けた

その「わかりやすい成果」を目にした時
私たちは安心し 涙を流します

「あぁ 私の苦労は報われた」
「この園に入れてよかった」
「一生懸命 指導してよかった」

それは 日々の疲れを癒やしてくれる
感動という名の配当金 のようなものかもしれません

けれど その「配当金」を期待する気持ちが強すぎると
知らず知らずのうちに 小さい人を追い込んでしまうことがあります

「みんなできなきゃダメ」
「感動させなきゃダメ」

そこに「やらない」という選択肢がなくなってしまう

泣きながら障害物に向かう小さい人を見て
「頑張れ!」と叫ぶその声

それは 純粋な応援でしょうか
それとも「早く安心させて(成果を見せて)」という
大人の焦りでしょうか

「上手にできた」ことだけが ゴールではありません
そこに至るまでの 心の揺れ動きや 葛藤
「できない」と泣いた時間さえもが
その小さい人の尊い「今」であり 成長のプロセスです

小さい人は 大人を感動させるための道具ではありません
彼らは 彼らの時間を生きています


……と ここまでは 行事という「特別な日(ハレの日)」のお話

ですが この「元を取りたい」という心理は
もっと静かに もっと日常的に
私たち保育者のなかに潜んでいます

園庭の片隅で 砂場の真ん中で

私たちは良かれと思って つい口にします

「せっかくみんながいるんだから」

次回は 何気ない日常に顔を出す
「せっかくだから」という名のお節介
そして
未来のために「今」を奪われる小さい人たちについて考えます

(続く)

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