還すラボ

小さい人たちに彼らの時間を還す

バトンは手渡された──川和保育園 × 還すラボ、映像の話

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バトンは手渡された──川和保育園 × 還すラボ、映像の話

|はじめに

映像編集の依頼を受けた、という話です。

だけど、それは「仕事」と呼ぶには、少しだけ違和感があります。
“編集して納品する”という工程そのものよりも、
そこに宿っていた“空気”や“思い”を、どう受け取るかということのほうが、
私にとっては、ずっと大きなテーマだった気がしています。

1⃣|映像じゃなく、“継承”を残していた園

川和保育園には、映像の文化があります。

でもそれは、イベントを“残すための手段”であると同時に、
未来に引き継ぐ関係性の記録でもありました。

日々の園庭、ページェント、おんがくかい、卒園式──
撮られていたのは、どれも営みの途中
まだ言葉にならない、でも確かにそこにある「人のまなざし」の断片たち。

中でも印象的なのは、ページェント。

年齢の低い小さな人たちが、客席から、大きな仲間たちの姿を見つめている。
その眼差しは、ただの観客じゃない。
**「次は自分たちがやるんだ」**という、小さな決意と誇りに満ちている。

川和には、“舞台”という言葉で2⃣現しきれない。
そこにあるのは、継承。
自分たちで受け取り、自分たちで続けていくという空気。

その空気ごと、映像に残そうとしてきた。
私は、それを知った。

2⃣|音響映像係という文化

川和保育園には、もうひとつの“文化”があった。
音響映像係。
園内の「係」「委員会」「担当」といった、自主的に参加できる“部活動のようなグループ”のひとつで、 映像の撮影、編集、音声チェック、Blu-rayの制作までを担ってきた集まりだ。

私も、そのど真ん中にいた。

行事のたびに素材が届き、
夜な夜なPremiere Proを立ち上げて、無言の編集マラソン。
誰かとバトンタッチするわけでもなく、基本的にはひとりで始めて、ひとりで終える作業だった。
撮影までは誰かがそばにいた。

でも、そのあとの編集は、完全にひとりの世界
深夜、イヤホン越しの園児の声に耳をすませながら、
その時間だけは、誰にも邪魔されたくなかった。
不思議なことに、それは“作業”ではなく、ご褒美みたいな時間だった。

編集しているあいだ「自分の子どもが映っているかどうか」なんて、正直どうでもよくなっていた。

だって、あの園の子は、みんなの子だから。

誰かの声が、どこかの家庭を照らすこともある。
一瞬のやりとりが、親としての私に問いを投げかけることもある。
長屋みたいなぬくもり。団地みたいなつながり。
それが川和には、ちゃんとあった。

この頃の編集の日々が、
「映像を使って、誰かに何かを還せるんじゃないか」──
そんなことを考えはじめる、小さな原型になっていたのかもしれない。

|ただの依頼じゃなかった、“手が伸びた”時間

時は流れ、音響映像係の仲間も少しずつ卒園していった。

映像の編集を担う人が減り、
「この先、どう続けていくか」が話し合われるようになった。

そこで声がかかった。
川和保育園の園長と、今の映像係のメンバーたちと、並んで話したあの日。
あれは“お願いされた”というより、“手が伸びてきた”感覚に近い。

もちろん形式としては、委託契約。
だけど、紙で交わしたその前に、
“まなざしで交わした何か”のほうが、ずっと先にあった。

この園がずっと大切にしてきた映像文化を、
いま、外にいる私が引き継ぐということ。
それは、「やります」とは簡単に言えないことだった。

でも、あの場に流れていた空気が、
“還すラボでなら、たしかに残せるかもしれない”
と、どこかで信じてくれていたような気がした。

ちょっとだけ、緊張していた。
でも、それよりもずっと大きかったのは、ワクワクだった。

|還す、という営みの先に

還すラボは、「彼らの時間を還す」という言葉から始まりました。

でも、その“彼ら”って、誰だったんだろう。
自分の子ども? 園の子? 社会にいるまだ見ぬ誰か?

川和で編集というバトンを受け取ったとき、
私の中で、“彼ら”の輪郭が少し変わった気がしました。

映像を残すということは、過去を留めることじゃない。
未来に渡す“まなざし”を、今ここで育てること。

そのまなざしは、たぶん一本線じゃない。
園と保護者。 保育者と記録者。 あの子と、わたし。
いくつもの関係が、やわらかく交わりながら、生まれていくものだと思う。

川和保育園と、還すラボ。
内と外。 園と社会。 いえとまち。
違う場所で生まれたものが、こうして静かに結ばれていく。

それを、“委託”や“受託”と呼んでしまうには、
もったいないような気がしています。

映像を通して何かを残すんじゃない。
映像を通して、「わたしも何かを還したい」と思える人がひとりでも増えること。

それがこの取り組みの、本当のスタートなのかもしれません。

ブログとしてはここで終わりますが、
川和保育園との関係も、映像編集の旅も、そして還すラボも──
まだ始まったばかりです。

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